新1年生が入学して1ヶ月が経ちました。福祉?心理学科1年次の必修科目「地域包括支援論A」の第3回の授業では、本学のモットー「知恵の道をあゆみ 人と世界に奉仕する」の原点を探り、学園標語「マリアさま いやなことは私が よろこんで」について理解を深めました。
授業の前半は初代学園長Sr.江角ヤスの被爆体験と、「殉難学徒に代わって、その両親を支える」という決意から始まった恵の丘長崎原爆ホームの介護実践について教員が講義を行いました。
授業の後半は臨床心理学や介護福祉学など、異なる専門を持つ教員たちが登壇し、それぞれの生活者としての視点から学園標語をどのようにとらえているか話し、学生たちに問いかけました。その後、学生たちはそれぞれの考えを共有しました。
学生たちの中には、意見を共有する中で、「消極的な人が多い現代にとってとても刺さっている。メッセージ性を感じる。」と捉えたグループもあり、江角先生の偉大さ再確認させられました。答えの出ない問いに自分なりの答えを見出すことは簡単なことではありませんが、そのプロセスを楽しみながら、学生も教員もともに成長していきたいと思います。
受講生の感想より
- 先生の話を聞いて、自分自身は誰かに嫌われるのが嫌で、いやなことにもYESマンだったけど、それにもいつか限界がくるとわかっていたし、そんな自分が嫌いだったけど、それで誰かが助かるなら「いやなことは 私が よろこんで」でもいいかなって考えました。今回の授業の話を聞いて、シスター江角さんの一度折れても、また立ち直る精神力や自分と同じような人たちのために援助をするという行動力などに心を打たれました。自分もシスター江角さんのように強い人間になりたいと思うようになりました。
- 「マリアさま いやなことは 私が よろこんで」という言葉の「いやなこと」は単なる嫌なことではない。例えば、嫌なことだと思って取り組んで、感謝やお金という見返りを求めるのと、私の使命だと思って、私が私のためにしていることだと奉仕するのではまったく違うということ。シスター江角はきっと、感謝は求めていなかった。ただ、助けたいという思いだけだったはず。「いやなこと」は私の使命であり、どう生きたいかという理想だった。大学4年間で自分だけができる「いやなこと」を見つけたいです。
- 「マリアさま いやなことは 私が よろこんで」という言葉に対して、自分事としてあまり考えたことがなかったけれど、先生方は自分事に捉えてしっかりと向き合い、考えていることがすごいと思った。純心大学の歴史について詳しく知ることで、この大学で自分が何を学び、どんな人材になりたいのか、道しるべになったと思う。長崎の地に生まれ、原爆について深く考えてきたけれど、実際にその当時経験した方々がその後、亡くなった人たちの家族を少しでも支えたいという思いから、老人ホームをつくられたということを初めて知った。福祉と原爆という視点から物事を考えてこなかったけれど、深く関わっていて、長崎で福祉の道へ進みたいと考えているため、今日学んだことを胸に刻んで今後の学習にも活かしていきたいと思った。
文責:福祉?心理学科 井上










